KPOPを好きになりたての頃、情報を収集するためにTwitterアカウントを新設しました
好きなグループ名でパブサを続けて、音楽の嗜好やアイドルに対する気持ちが自分と近いと感じるアカウントをフォローしていくと、私のフォロー欄は自然と、それぞれが相互フォローしている状態、いわゆる“相互”な関係性の人たちで埋め尽くされた
頻繁にリプライを交わし合うその人たちは、東京や大阪などの都市部に住んでいる人が殆どで、一緒にコンサートに行ったり、遊んだりしている姿がTL上で散見された なんか全員が洗練され、行為の全てが都会的に思えて眩しかった
ついに誰からもフォローバックされることのなかった私は、地方都市でただ孤独にその人たちのやりとりを見ている形になった ←可哀想
この人たちはどのような過程を経て相互となり、リアルな友人になっていったのだろう・・・ まず会ったことのない人と直接会うという段階に至るまでにも、かなりの主体性、コミュニケーション能力を要するはず そこから仲良くなるためには更に、ある程度のユーモア、好きなジャンルに対する熱量・知識などなど、相当のスキルやセンスが求められること間違いなし インターネットをきっかけに趣味の合う友人ができるなんて羨ましいと思う一方で、そんな数々のハードルを乗り越えられる気がしない自分には縁がないだろうと感じていた
でも突然思い出したのです
私にもインターネットフレンズが居たということを・・・
突然のどうでもよすぎる告白ですが、中学生の頃の私はいわゆるロキノン厨でした
BUMP OF CHICKENから始まりくるり、チャットモンチー、NICO touches the wallsなど、その辺りの邦楽をとにかく聴き漁っていた 懐かしすぎますね、てかロキノン厨って単語、恥ずすぎないか
スペシャとMTVを点けっぱなしにして、タワレコの視聴機で良さげな新譜が無いかチェックして、音楽雑誌を買って 寝ても覚めても音楽漬けだった頃、世のティーンエイジャーの間ではホームページ、通称ホムペが天下を取っていた時代でした
私も当然のようにペップス、モバスパどちらでもホムペを運営し、今振り返るとどう考えてもプログラミングのコードだったものを駆使してオシャレなホムペ作りに命をかけていた なんか改めて思うと、プログラマーとかを目指す道もあったのかもしれない
それで当時のホムペには知り合いのホムペのURLを載せる、“リンク”っていうシステムがあったじゃないですか やばい、なつすぎるよね
そこから同じ学校の生徒が作っている色んなホムペに飛んでいた時に、一際異彩を放つホムペに辿り着いた それがNくんのホムペでした 何回ホムペって言うの
学年が一つ上のNくんは眉毛が太くユニークな形であることと変わり者として有名で、接点の無い私でもその存在を知っていた あの眉毛の先輩だ、と思い、プロフィールなどを読むと、なんと私の好きなバンド名が羅列されている めちゃくちゃ興奮したことを覚えている
ロキノン厨の中坊として、好きな音楽の話ができる相手はいくらでも欲しかったので、絶対に知り合いたい!と思った てか、知り合いになる以外の未来が見えなくて、速攻で足跡だか日記だかにコメントを残した 同じ中学の一つ下で、同じような音楽が好きですという感じだったと思う
なぜ今Twitterで縮こまって指を咥えているような私が、このように迅速な行動ができたのか それは当時の私がロキノン厨兼ギャルだったからである 端くれではあったものの、我が人生において最もギャルに近い時期だった だから今にはない絶対的な勢いと自信があった 塾には通っていたけど、眉毛を剃りすぎてほぼ無いという状態にギャルとしての矜持があった
Nくんはコメントをすぐに返してくれた どんな内容か忘れたけど、Nくんも音楽が大好きという感じで好意的に反応してくれた アドレスを交換してそこからはメールでのやりとりに移行した
当時は新譜を聴く手段と言えばもっぱらCDで、お小遣いのほとんどをCDに充てていたような時代 残りはプリクラか古着 それで、この新譜カッコよかったです!とかメールでやりとりしているうちに、CDを貸し借りするという話になり、休日の午前中、校区内のマックで待ち合わせたのがリアルな初対面だったと思う
最初はぎこちなかったけど、何回かそういう貸し借りをするうちに打ち解けてきて、Nくんの幼馴染であるSくんもCD貸し借り仲間に加わることになった Sくんも相当音楽に詳しかった というかSくんほど幅広くかつニッチな音楽を聴く人には後にも先にも出会ったことがない
どのくらいの頻度で会っていたのか忘れたけど、NくんとSくんが高校に進学してからも一緒にTSUTAYAにCDレンタルをしに行ったり、ライブを観に行ったりした みんなで音楽の話をするのが楽しすぎて、私が高校生になる手前の春休みにバンドを組むことにした NくんSくんとは高校は別だったけど、もう1人私と中高一緒だった友人を加えて4人で活動していた
みんなで自転車を漕いで青少年センターまで行き、無料の練習室で練習して、ちょっと話して帰るという週末を毎週のように送った ライブも何回か出た Nくんがオリジナルの曲を作ってみんなでアレンジした ライブの登場曲をandymoriのFOLLOW MEにしたことで、音楽好きな友人が増えたりした ライブハウスの大人から選曲やNくんの作曲センスを褒めてもらえることもあった ゆくゆく閃光ライオット(!)を目指しちゃう?!みたいな盛り上がりを見せた瞬間もあった
それでも1年くらい活動していくうちに、ぎくしゃくしはじめた 全員思春期だったからか、全員が誰かにイライラしていた 喧嘩もしたし気まずくもなった それで自然と活動休止 そこからバンドとして再始動することはなく、Nくんは1人で活動を始めた あっけなかった
その後数ヶ月連絡を取らなかった、もう会うことはないかもと思うくらい、嫌な感じの終わり方だった でも気付いたらまた一緒に遊ぶようになっていた もうバンドをする気はなかったけど、それ以降NくんとSくんはずっと良き友人だった
頻繁に連絡を取ったり、会ったりするわけじゃない ただ気が向いた時に自作のプレイリストを送り合って、ひとり音楽を続けているNくんの曲に感想を送って、数年に一回遊んだりする、音楽が中心にあるゆるやかな関係 それが出会って20年近く経った今も続いている
みんな大人になったし、住むところもバラバラだし、これからはきっと更に連絡の頻度も落ちると思う Sくんに至っては寡黙なので、今どういう生活で、なんの仕事をしているのかすら知らない もしかするともう3人で会うことはないかもしれない それはそれで仕方ないと思える
でもふたりが教えてくれた音楽や、一緒に音楽に向けてきたエネルギーは、どう考えても私の人生の骨子になっている 私はやっぱり音楽が好きだし、音楽を聴くと元気が出る人間なんだよな そしてふたりも私と同じ、というよりそれ以上 だからなのか、ふたりが教えてくれる音楽は、他ではあり得ないと思うほどその時の自分に響いてきた
そしてバンドを組んでいた1年ちょっとの期間が、結果として自分の中でかけがえのない歴史になっている 良い意味でも悪い意味でも、あんな日々をもう一度送ろうと思っても送れない 人としてあまりにもショボい部分を見せてきたし、見てきた そういうダサかった時間を共有した相手はどうしても特別であり続ける
それで何故ふたりのことを突然書きたくなったかと言うと、第二子出産の報告をしたところ、第一子はSくん、第二子はNくんとそれぞれ誕生日が全く一緒だったことが判明したからなんだよね・・・ マジでこんなことあるんだね
さすがに運命的なものを感じてしまい、このふたりとの関係を思い返したときに、よく考えたらインターネットから始まったんだよなあと思い出し、懐古厨になってみました
今の時代の子供たちの人間関係にはインターネットというかSNSが中心にあるように感じて、大変そうだわ・・・とおばさんらしく憂いていた最近だけど、やっぱりインターネットがあってよかったと思えることって絶対にあるよね ちょうど観に行ったトイストーリー5もそういう話だったし このふたり以外にも、ホムペやmixiを通じて音楽をきっかけに知り合った友人が何人か居たことも思い出しました 今より素朴でゆるいインターネットだったけど、私にもインターネットフレンズが、居た
余談だけど、ホムペのランキングサイト?みたいなのありましたよね?そこに登録されているホムペに飛んでいって、見ず知らずの同世代に刺激を受けたりしていたことを思い出しました ネリネのユキチさんとか、すわべくんとか、マホさんとかね…懐かしすぎて泣ける 私の青春時代は十分にインターネットと共にあったのだなと思った
