インターネットフレンズ

KPOPを好きになりたての頃、情報を収集するためにTwitterアカウントを新設しました

好きなグループ名でパブサを続けて、音楽の嗜好やアイドルに対する気持ちが自分と近いと感じるアカウントをフォローしていくと、私のフォロー欄は自然と、それぞれが相互フォローしている状態、いわゆる“相互”な関係性の人たちで埋め尽くされた

頻繁にリプライを交わし合うその人たちは、東京や大阪などの都市部に住んでいる人が殆どで、一緒にコンサートに行ったり、遊んだりしている姿がTL上で散見された なんか全員が洗練され、行為の全てが都会的に思えて眩しかった

ついに誰からもフォローバックされることのなかった私は、地方都市でただ孤独にその人たちのやりとりを見ている形になった ←可哀想

この人たちはどのような過程を経て相互となり、リアルな友人になっていったのだろう・・・ まず会ったことのない人と直接会うという段階に至るまでにも、かなりの主体性、コミュニケーション能力を要するはず そこから仲良くなるためには更に、ある程度のユーモア、好きなジャンルに対する熱量・知識などなど、相当のスキルやセンスが求められること間違いなし インターネットをきっかけに趣味の合う友人ができるなんて羨ましいと思う一方で、そんな数々のハードルを乗り越えられる気がしない自分には縁がないだろうと感じていた

 

 

 

 

でも突然思い出したのです

私にもインターネットフレンズが居たということを・・・

 

 

 

 

突然のどうでもよすぎる告白ですが、中学生の頃の私はいわゆるロキノン厨でした

BUMP OF CHICKENから始まりくるり、チャットモンチー、NICO touches the wallsなど、その辺りの邦楽をとにかく聴き漁っていた 懐かしすぎますね、てかロキノン厨って単語、恥ずすぎないか

スペシャとMTVを点けっぱなしにして、タワレコの視聴機で良さげな新譜が無いかチェックして、音楽雑誌を買って 寝ても覚めても音楽漬けだった頃、世のティーンエイジャーの間ではホームページ、通称ホムペが天下を取っていた時代でした

私も当然のようにペップス、モバスパどちらでもホムペを運営し、今振り返るとどう考えてもプログラミングのコードだったものを駆使してオシャレなホムペ作りに命をかけていた なんか改めて思うと、プログラマーとかを目指す道もあったのかもしれない

それで当時のホムペには知り合いのホムペのURLを載せる、“リンク”っていうシステムがあったじゃないですか やばい、なつすぎるよね

そこから同じ学校の生徒が作っている色んなホムペに飛んでいた時に、一際異彩を放つホムペに辿り着いた それがNくんのホムペでした 何回ホムペって言うの

 

学年が一つ上のNくんは眉毛が太くユニークな形であることと変わり者として有名で、接点の無い私でもその存在を知っていた あの眉毛の先輩だ、と思い、プロフィールなどを読むと、なんと私の好きなバンド名が羅列されている めちゃくちゃ興奮したことを覚えている

ロキノン厨の中坊として、好きな音楽の話ができる相手はいくらでも欲しかったので、絶対に知り合いたい!と思った てか、知り合いになる以外の未来が見えなくて、速攻で足跡だか日記だかにコメントを残した 同じ中学の一つ下で、同じような音楽が好きですという感じだったと思う

なぜ今Twitterで縮こまって指を咥えているような私が、このように迅速な行動ができたのか それは当時の私がロキノン厨兼ギャルだったからである 端くれではあったものの、我が人生において最もギャルに近い時期だった だから今にはない絶対的な勢いと自信があった 塾には通っていたけど、眉毛を剃りすぎてほぼ無いという状態にギャルとしての矜持があった

 

Nくんはコメントをすぐに返してくれた どんな内容か忘れたけど、Nくんも音楽が大好きという感じで好意的に反応してくれた アドレスを交換してそこからはメールでのやりとりに移行した

当時は新譜を聴く手段と言えばもっぱらCDで、お小遣いのほとんどをCDに充てていたような時代 残りはプリクラか古着 それで、この新譜カッコよかったです!とかメールでやりとりしているうちに、CDを貸し借りするという話になり、休日の午前中、校区内のマックで待ち合わせたのがリアルな初対面だったと思う

最初はぎこちなかったけど、何回かそういう貸し借りをするうちに打ち解けてきて、Nくんの幼馴染であるSくんもCD貸し借り仲間に加わることになった Sくんも相当音楽に詳しかった というかSくんほど幅広くかつニッチな音楽を聴く人には後にも先にも出会ったことがない

 

どのくらいの頻度で会っていたのか忘れたけど、NくんとSくんが高校に進学してからも一緒にTSUTAYAにCDレンタルをしに行ったり、ライブを観に行ったりした みんなで音楽の話をするのが楽しすぎて、私が高校生になる手前の春休みにバンドを組むことにした NくんSくんとは高校は別だったけど、もう1人私と中高一緒だった友人を加えて4人で活動していた

みんなで自転車を漕いで青少年センターまで行き、無料の練習室で練習して、ちょっと話して帰るという週末を毎週のように送った ライブも何回か出た Nくんがオリジナルの曲を作ってみんなでアレンジした ライブの登場曲をandymoriのFOLLOW MEにしたことで、音楽好きな友人が増えたりした ライブハウスの大人から選曲やNくんの作曲センスを褒めてもらえることもあった ゆくゆく閃光ライオット(!)を目指しちゃう?!みたいな盛り上がりを見せた瞬間もあった 

 

それでも1年くらい活動していくうちに、ぎくしゃくしはじめた 全員思春期だったからか、全員が誰かにイライラしていた 喧嘩もしたし気まずくもなった それで自然と活動休止 そこからバンドとして再始動することはなく、Nくんは1人で活動を始めた あっけなかった

その後数ヶ月連絡を取らなかった、もう会うことはないかもと思うくらい、嫌な感じの終わり方だった でも気付いたらまた一緒に遊ぶようになっていた もうバンドをする気はなかったけど、それ以降NくんとSくんはずっと良き友人だった

頻繁に連絡を取ったり、会ったりするわけじゃない ただ気が向いた時に自作のプレイリストを送り合って、ひとり音楽を続けているNくんの曲に感想を送って、数年に一回遊んだりする、音楽が中心にあるゆるやかな関係 それが出会って20年近く経った今も続いている

みんな大人になったし、住むところもバラバラだし、これからはきっと更に連絡の頻度も落ちると思う Sくんに至っては寡黙なので、今どういう生活で、なんの仕事をしているのかすら知らない もしかするともう3人で会うことはないかもしれない それはそれで仕方ないと思える

でもふたりが教えてくれた音楽や、一緒に音楽に向けてきたエネルギーは、どう考えても私の人生の骨子になっている 私はやっぱり音楽が好きだし、音楽を聴くと元気が出る人間なんだよな そしてふたりも私と同じ、というよりそれ以上 だからなのか、ふたりが教えてくれる音楽は、他ではあり得ないと思うほどその時の自分に響いてきた

そしてバンドを組んでいた1年ちょっとの期間が、結果として自分の中でかけがえのない歴史になっている 良い意味でも悪い意味でも、あんな日々をもう一度送ろうと思っても送れない 人としてあまりにもショボい部分を見せてきたし、見てきた そういうダサかった時間を共有した相手はどうしても特別であり続ける

 

それで何故ふたりのことを突然書きたくなったかと言うと、第二子出産の報告をしたところ、第一子はSくん、第二子はNくんとそれぞれ誕生日が全く一緒だったことが判明したからなんだよね・・・ マジでこんなことあるんだね

さすがに運命的なものを感じてしまい、このふたりとの関係を思い返したときに、よく考えたらインターネットから始まったんだよなあと思い出し、懐古厨になってみました

 

今の時代の子供たちの人間関係にはインターネットというかSNSが中心にあるように感じて、大変そうだわ・・・とおばさんらしく憂いていた最近だけど、やっぱりインターネットがあってよかったと思えることって絶対にあるよね ちょうど観に行ったトイストーリー5もそういう話だったし このふたり以外にも、ホムペやmixiを通じて音楽をきっかけに知り合った友人が何人か居たことも思い出しました 今より素朴でゆるいインターネットだったけど、私にもインターネットフレンズが、居た

 

余談だけど、ホムペのランキングサイト?みたいなのありましたよね?そこに登録されているホムペに飛んでいって、見ず知らずの同世代に刺激を受けたりしていたことを思い出しました ネリネのユキチさんとか、すわべくんとか、マホさんとかね…懐かしすぎて泣ける 私の青春時代は十分にインターネットと共にあったのだなと思った

自分の機嫌は自分で取るについて


自分の機嫌は自分で取るという精神性?
それが現代を生きる上での大人の嗜みかのような言説って、ここ10年くらいで流行してる気がするんだけど、どう思いますか
私は結構その風潮に抵抗があり、なぜなのか考えてみたときに、自分の機嫌が損ねられた原因たる事由が明確に自分以外にある(と感じる)場合、なぜ無罪でかけがえのない私がその顛末の尻拭いをしなければならないのですか?という納得のいかなさからきている気がした

 

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私が?なぜ?

 

ご自愛という文脈でノーマルな自分をより上機嫌にさせるという意味ではいいねって思うし、相手が乳幼児とか、偶然起きた不運とかならもう自分で機嫌取るしかないよねって思うけど、対等な立場の何者かによって損なわれた機嫌を自力で取り戻すという流れでその言説が持ち出されるのになんか納得がいかなくて

自分の機嫌が損なわれる理由って大抵自分以外にあると思ってるし、やっぱり私のモットーが目には目を、歯には歯をなので、その場合機嫌を損ねてきた相手にこそ、私の機嫌を取り戻す責任があるべきと思っております

 

こんなことを考えるきっかけになった出来事の話
今の会社に勤めてもうすぐ10年目とかなんだけど
入社以来ずっとペアを組まされていた相手が理解の範疇を越えているとしか表現できない人だった
付き合い方を試行錯誤し、改善してほしいところを幾度となく伝えてきたけど、その人に振り回される状況は全く変わらなかった
それこそ自分で自分の機嫌を取る形で持ちこたえてきたけど、去年の夏、いつもと同じように支離滅裂な指示と蔑ろな扱いを受けた日、帰宅後に全身が脱力して起き上がれなくなり、自分でも驚くほど涙が止まらなくなったことがあった
それまで相手を変えようとするより自分が変わる方が早いと言われてきたし、私もそう思って変わろうとしてきたけど、その長年の無理が大きな歪みを生んで強烈に跳ね返ってきている感じだった、機嫌どころではなく人としての尊厳を削られていると思った

もうここまで来たら会社をやめるか、その相手と決別するしかないと思って、上司に相談したら相手とのペアを解消する選択肢を与えてもらったので、今は結局仕事を続けてるんだけど
相手との関わりが無くなったことで、これまでの9年間で感じたことのないほど身軽な気分を味わっていて、自分の人生をやっと取り戻せたような気持ちにまでなっている
それでも相手はなんの社会的制裁も受けず、年功序列で昇進して昇給して、私だけが別の業務をする結末になったこと

謝罪の言葉はもちろん一切の反省も感じられないこと
私がいたポジションには別の後輩があてがわれて、かつての私と同じように苦しんでいる姿を目の当たりにしていること
この状況をどう受け止めろというのかと思うし、会社に対する怒りは消えないし、ずっと願ってます
あいつに降格・減給・異動などすべての社会的制裁を与えてほしいと

それができないのならせめてあいつが使える経費を年間で3千円とかにしてほしいと
それが実現すれば私はこの会社に骨を埋める覚悟で働くでしょう・・・

 

そういう経験もあって、自分で自分の機嫌を取る前にもっともっと相手に責任を求めてもよくないですか?女子たち?男子たち?と強く思うようになった
相手に責任を追及するって具体的になに?って感じはするし、仮に謝罪を貰ったとしてすべてが解決するかと言われるとそんな単純な話ではないことが多いと思う

それでも相手に責任の所在があるという事実が有耶無耶にされて、自分の機嫌をいかに自力でコントロールできるかというスキルの話に照準がスライドしていくことに抵抗したくないですかという気持ちでおります

せめて姿勢だけでも見せていきたいんや、私はお前のせいで機嫌が悪くなっていますと

それをはしたないと思われるのならそれまでのことや!

なんか今、私がKPOPを好きなのって、こういうのと同じ思想が歌われていることが多いからな気がしてきた

KPOPに自己責任論とか無いからマジで

最高

 

相手が悪いことなんて大前提で、それでもどうしようもない現状に自分で自分の機嫌を取るしかないという場合もあると思うけど、自分以外の何かから受ける被害を、自分の受け止め方次第でどうにかしようとする試みには遅かれ早かれ必ず限界がくると思う
相手が自分という人間を舐めきっていてひとかけらのリスペクトもない関係性において、自力でどうにかできることなんて本当に限られていると思った、私の場合

 

相手に責任をとって欲しいというか、落とし前をつけて欲しいのかもしれない
謝罪なり、反省なり、態度を改めるなり、誠意を見せろっつー話
観たことないけどうちって任侠ヘルパーなのかな

かわいいピンクの竜になる、を読んで思い出したことなど

2025年夏の韓国旅行のお供として、柴田聡子さんが薦めていて知った『かわいいピンクの竜になる』/川野芽生を読んだ タイトルに惹かれて内容は事前にチェックしてなかったのだが、衣服やお洒落することにまつわるエッセイで、扱ってるテーマがとても面白かった


女性の装いについて考える時やっぱりフェミニズムの問題があって、こういう服装で、こういうメイクの女性は清楚だとか、性的だとか、またはその逆だとか、そういう窮屈で乱暴な眼差しから逃れるために着たいものが着れないことって現代にもかなりありふれているよな、と思った 許し難いことです

TPOはルールとして存在して然るべきと思うけど、根本的に自分の装いおよび身体に関わる権利は自分だけが有してるべきで、第三者によって奪われてはならないし、強制されるものでもあってはならないはずだよなと改めて考えさせられた

最近ラッパーがケツや胸を露出してTwerkする行為に、エロに客体化された身体の主体性を自分の手に取り戻す文脈があると知り、え、あたしもケツとか胸とか出していいかもと思う出来事があった まあ別に出さないとは思うけど 出さない、ていうか出してはいけないというチョイス一択だったところに出してもいいという選択肢が増えたというだけで、自由が広がり気分がいいものやね


作中でピンクやリボンが好きな女の子はぶりっ子であるという因果不明の説に対する言及があり、めちゃくちゃ身に覚えがあった 原始、私はナルミヤでいうとメゾピアノ派だったのだが、ぶりっ子説の蔓延により確実にその自分を封印して来たフシがある 多分そういう同級生は他にも沢山居たのではなかろうか 自分を含めどれだけの女子、男子、それに当てはまらない子どもたちを苦しめてきたんだろうと考えた 好きなものを好きと言えず、好きなのかどうか立ち止まって考えることも許されず、みんな揃って邪険に扱うことで社会的にサバイブしていたあの頃の俺たち、かわいそすぎて抱きしめてあげたい その反動も今の平成女児ブームを盛り上げてる一因だと思う、絶対


そしてこれを書いていて思い出したことがあって、自分が幼稚園児の頃、保護者も呼ばれる大規模なお誕生日会があった 当時の私は屈託なくお洒落が大好きであり、トイザらスに行けばキッズコスメコーナーに直行して隅から隅まで化粧品を吟味し、買ってもらえなくてもそれだけで満足というような健気な幼女であった その誕生日会に参加した保護者が一言ずつコメントするのだが、私の誕生月に参加した母は、私がお洒落が大好きなこと、兄の習い事に着いて行くだけでもメイクポーチを持っていきメイクを楽しんでいることを話した その瞬間大勢のクラスメイトが大袈裟にえーーっ!と声をあげて、笑い、からかうような目つきで一斉に見てきたことがあった

その瞬間までメイクが好きであることになんの躊躇もなかったのに、想定外の状況にただただ赤面するしかなく、穴があったら入りたいとはこのこと、みたいなレベルで恥ずかしかった その恥ずかしさを処理できず帰宅後母にブチギレた 母は何も恥ずかしい事じゃないよと笑っていて、今となっては勿論私もそう思うのだが、幼い自分にとってはあのクラスメイトの反応こそが全てであり、お洒落が好きであること、特にメイクが好きであることは嘲笑の対象なのだという歪んだ認識が、その日それは強烈に植え付けられたと思う

30歳を過ぎた今でも、洋服が好きでありながら着飾る主体が自分であることを歓迎できない、美しくなりたいという気持ちを肯定できない、お洒落という行為を心の底から楽しめないことを自覚していて、これはその出来事がしつこく尾を引いてるのかもしれないと感じました 特にメイクに関してはあれ以来好きだと思えたことがないので、自分、かわいそすぎ やっぱり社会?って許せなすぎなんや


あと基本的にルッキズムに忌避感を持ってるので、それが自身の容姿にこだわることで矛盾するのでは?と思っているフシがあるような気がする それが行きすぎて逆張りになってるというか でもアンチルッキズムは美そのものを無しとする考えではないし、個人的な見解として容姿や外見のみに人の本質があるように語ったり比較したりすることを辞めようとする試みだと思う

ルッキズムへの対抗の手立てとして、むしろ狭義すぎる美の規範の拡張もしくは破壊が必要であり、そのために各々が自分なりの美を持つ、突き詰めるということは大切なのかもしれないですよね 流行とは関係ない軸で選ばれている、その人のポリシーを感じる装いをした人に出会うと単純に嬉しくなるしね

 

ここまでなんか色々書いてきたけど、なんだかここ最近の若者たちのファッションからはこれまでの窮屈な規範にNOを突きつけるようなパワーを感じていてめっちゃええやんとなっています XGとか、ノノガ観てないけどHANAとかの影響もあるのかな?

なんにしても私もこの波に乗るしかないということで、メゾピアノを好きだった頃の自分を救いに行ってあげたい 私の心だけを射抜くラブリーでとっておきの1着を手に入れて、ご機嫌に街を歩きたい、ということを2026年の目標ということにします 33歳、本厄の1年、楽しみ♪

香川旅行記


アンパンマンロッコに乗りに行きました
小雨が降る中、広島駅に向かうのに自宅から15分弱歩いてJRに乗るか、タクシーを呼ぶか悩み、JRを選択
夫はボーナスが出たばかりなのに、自制心が強く、尊敬
雨なのでベビーカーは断念し、夫が子をヒップシートに乗せて、私がキャリーを引いて駅まで向かう
子は道中咲いていた紫陽花を指して「あじさい」と呼んでいた いつこんなに言葉を覚えたのか
(先日も湯舟でおもちゃを投げろと言われその通りにしたら、指導者然とした佇まいでゆっくりと拍手し、「す・ば・ら・し~」と言っていた さすがに誰真似(だれまね))

 

JRに乗車 子は久々のJRで緊張している様子
快速で横川駅から広島駅まで直通だと本当に速い
夫に言われて気づいたけど新白島ができる前はこうだったんだよな
広島駅への到着時間に合わせて新幹線の時刻表を確認し、スマートEXでチケットを購入
割り当てたSuicaカードの情報が古く改札で引っ掛かり、駅員に尋ねる
夫は旅行となると常にソワソワして不必要に焦っており、駅員と話す間背後から送られる視線が負担だった


無事入場しドトールでアイスカフェオレをテイクアウトしてのぞみに乗車
ドトールのアイスカフェオレは自宅で飲む味に似ていて良いなど話した
子は久々の新幹線でやはり緊張している様子 トンネルに入るたびに「まっくら」と不安げにキョロキョロしていた
自宅から持ってきた大のお気に入りである紫団子(=丸い形状のロケット鉛筆の紫色部分)を床に落とし、遠くまで転がって行方不明になった
ぐずり始めたので、別の紫のおもちゃを買ってあげると約束し、お菓子をあげてなだめた
(団子ではなく、紫が重要)

 

30分程度で岡山駅に到着
改札を抜けるまで湿気と熱気がものすごく、大荷物での進行が難儀でイラついてしまい自分が最悪な状態だった
駅構内のロッカーに荷物を預けることにしたが、夫が絶対に使わない一眼レフを持ち歩くと言うのでそのことにもイラついた
身軽になって駅から10分ほど歩き、ピザを食べに行った
途中巨大なイオンの横を通ると、入り口の装飾がカラフルで魅力的に映ったらしく、子が「おもしろそう」「いきたい」と泣き始めた
後で行こうねとなだめている間も「おもしろ、いく」「おもしろ」と連呼して泣いていた
(イオンはおも城)

 

前に友人に教えてもらった400°というピザ屋の2号店が入店しているフードコートに到着した
一帯が街みたいになっていて、住居も店舗も混在しているような施設だった
フードコートも天井が高く清潔で、内装は木の温もり系、照明は暖色系で居心地がよく、思わず「近所にこんなところあったら最高だな~」を連発した
ピザもおいしくて一瞬で完食した 子は眠気による不機嫌で、YouTubeから一度も目を離すことなく、自動的に口に運ばれるピザを食べていた
(近所にこんなところあったら最高でおなじみ、ミスタードーナツ

 

同じ施設の中の民芸品店を見て、ディーンアンドデルーカに行って、子が巨大なマカロンを欲しがって泣き始めたのでさっさと退店した
子はイオンに向かう道中眠りかけていたが、入店すると騒々しさで目を覚ましてしまい、もう一度イオンの外に出て周りをグルグル歩いていたら寝てくれた
湿度が高すぎて息苦しく、正直なんなんだこの時間はと思うくらい、つらかった
ZARAとGAPで子供服を買って、ナナズグリーンティーで抹茶ラテを飲んだ
子も起床したので岡山駅に移動
イオンと岡山駅が直結してて最高、地下街もシャレオとは比べ物にならないくらい物理的に明るく、ちゃんとにぎわっているし、何より辛気臭くない
こういう機能的でそこそこに洗練された都市デザインが理想だわ・・・と思った
(シャレオの異常な辛気臭さってなに?)

 

岡山駅に着くとすでにアンパンマンロッコが到着していた
子は大興奮で駆け寄っていって、この瞬間がトロッコ乗車時間も含めて喜びのピークだったと思う
通常車両とトロッコ車両の2車両編成で、瀬戸大橋の手前に到着するまでトロッコ車両には行けないということだった
写真を撮って通常車両に乗車後、基本1家族がまとまって座る4名掛けのボックス席の半分がよその家族のじいじばあばで、それなりに気まずい空気が流れた
子は私のももの上に立って車内を見渡し、目に入るキャラクターの名前を次々と呼んでいた
大好きなかびるんるんも車内の至る所に潜んでいて嬉しそうだったものの、20分ほどでいち早く飽きていた
トロッコ車両に移動できるようになってからも走行音が大きいのが怖かったのか、楽しくなさそうどころか嫌そうだった
車内の売店でありとあらゆるグッズを買わされ、1時間半かけて高松駅に到着
経験でした※
※良い経験とは言えないが、経験であったことは確かという意

 

高松駅に到着して、タクシーでホテルに移動
運転手にホテル名が伝わらなかったので、詳細な住所を伝えようとすると、町名まで聞いてすぐ、多分2軒あるうちのどっちかだと思うと言って走り出した
番地まで伝えようとしても頑なに聞く耳を持たず、多分2軒あるうちの奥側だと思うんだけどな、とかなんとかをひとりで延々つぶやき続けていて、なんだこのジジイ・・・これで違ったらどうすんだジジイ・・・とイラついていたら、目的地に着いた 奇跡は待ってたんだ♪
翌朝乗ったタクシーも運転手の態度が最悪で、香川のタクシーは、やばいのか?と思ってしまっていたら、最後の最後に乗ったタクシーが稀に見るほど丁寧かつ気さくな運転手さんで救われた

 

話は逸れるけど、駅のロッテリアで子連れの主婦に物凄く露悪的な態度を取られたりとか、この旅行でなにかと嫌な思いをすることもあったんですが

こういう出来事と、発生した地域や、相手の特徴を一般化して結び付ける行為はするまいと自戒を強めました
各々が単なる個人として嫌な奴だっただけで、それが偶然重なっただけだと考えるように意識した

出来事に見合わない規模の概念を持ち出してなにかを断定する行為は、あれよと言う間に属性や国籍、”人種”のヘイトに転じていくような世の中だと思うので

そういう時流に染まりたくないし、変えていくべきだと強く感じる
”おっさん”に対する偏見は自覚ありなんだが・・・そこも克服しないとダメかも
世の中を良くしていきたいね・・・選挙行こう泣

 

ホテルというよりウィークリーマンションのような設えの部屋で、子は広いベッドにはしゃいでいた
10分ほど歩いて予約していた居酒屋に向かった
ホットペッパーで予約した際、何も考えず3名としていたが、うち1名は幼児ということを絶対に事前に伝えるべきだったと、入店と同時に悟り猛烈に反省した
お店の方はすごく親切だったのだか、反省が止まらず、早く食べて早く退店しなきゃ、という大焦り病みモードに入ってしまった
海鮮メインの居酒屋だったが、何を食べても本当においしかった
子も魚が好きなのでなんでも食べてくれてよかった
有言実行で、千と千尋の両親のアレの感じで、高速で飲み食いしホテルへ帰宅

 

次の日も色々なところを巡って、なんやかんやしたんだけど
一番印象深いのは、子のおむつを替えるために駅ビルに入ろうとして、駅構外のエレベーターを待ってたら、おならというか、アニメとかでうんちが出る時の音が聞こえた
あまりにも鮮明だったし近くで聞こえた感じの音量だったので、驚きつつ夫をたしなめたら、10mほど離れた場所に居た男性が奏でた音だったことがわかった
多分、人生の中で聞いた他人のおならで一番面白かった
面白すぎて他の出来事の記憶が薄れているので、これで終わります

Wikipediaの地方病 (日本住血吸虫症)を読んだ日の夢


おそらく鉄腕ダッシュのロケでTOKIOと一緒に水族館にあるような入江風の巨大水槽の中にいて
素潜りで水深10mくらいの場所に生息してる体長2㎝くらいのタツノオトシゴを捕獲するチャレンジ※をした
※チャレンジと言いつつ、あくまでDASH島コーナーの真面目なシーンとして

 

城島茂は全然潜れてなくて、当然頭にタオル巻いてて
唯一松兄がかろうじて一匹くらい捕獲できてたけど
国分太一も「これはちょっと厳しいね~」とか言って行き詰った雰囲気が現場に漂ってたところ
突然山田涼介が登場して「なんかいけるかもしれないです」的なことを言い終えたと同時に速攻潜って数匹の捕獲に成功してた

 

自分も水中カメラマンとして一緒に潜ってて、その時に体長10㎝くらいの怒り狂ったクリオネ※が出現して、両手首と足の裏に毒みたいなものを注入された
※目は無く表情は不明だが、口を尖らせていて明らかにキレていることがわかる状態
3か所目に右手首を刺されて、さすがにやばいと思って刺された箇所をつまんで、紫色の毒を大量に絞り出した
陸に上がった後、毒が溜まっているところが腫れて現場が騒然となり、救急搬送された

 

献血ルームみたいな清潔な病院に運ばれて、先生と看護師さんが一人ずつ付いてくれた
症状を見てあーはいはい笑みたいな反応で和やかな雰囲気だったので、
自分も調子を合わせてうわーこんな感じなんですね笑と、何が?と言いたくなるリアクションを取ってた
顔は違ったけど先生のことを疑う事なく田中圭として認識してた

 

処置として注射してもらってるときに、そのあとバイトが一緒だった友達の結婚式に出席する予定だったことを突然思い出した
子供は実家に預けてたけど、迎えに行って一緒に会場に向かわないとやばいってなって
とりあえずグループLINEで「意味わかんないと思うんだけど、今救急搬送されてて、ぎりぎりになるか遅れます…😭」という現実的な文面で連絡してた
急いで子供を迎えに行って、タクシーに乗ってLINE開いたら、みんなが怒ってはないっぽいけど
自分にはわからない隠語のような意味不明の語句(ばぶび!びばば!等)で埋め尽くされてて、びっくりしたし悲しかった
なんとか会場に着いたら一応間に合ってみんなと合流できたけど、披露宴で子供が食べれるものが出てくるか急に不安になった
そのあと他の夢でもよく出てくるビジホのようなカラオケに一瞬行って終わった

 

ちなみにバイトが一緒だった友達の結婚式に遅刻する夢を見るのは2回目で、その時は懺悔として会場の厨房に入り披露宴で提供するパンを焼いてた

退勤中自転車漕いでる時の頭の中

 

友人に噂で聞いていた通り、11月になると登場する巨大な電飾のクリスマスツリーが、クリスマス当日の深夜には撤去されるほどイベントに厳格なパセーラ

去年実際にその様子を見届けたとき、ウケました


そんなパセーラの道路向かいの県庁の敷地内にパン屋がオープンする予定らしくて、3月末に

まだ工事中のパン屋の前を、毎日朝夕2回通るんだけど、自転車で

通るたびに毎回、パン焼いてるかな?の気持ちで覗いてしまう

3月末に売るパンをもう仕込んでたとしたらさすがに早すぎるし、早すぎてウケてしまうと思う


東京発祥のオーガニックパン屋という情報を得た

オーガニックのパンってなにがどう?

帰り道に次の日の朝のパンを買って帰れるの楽しみ

 

リーガロイヤルのイベント情報をチェックする

いつか叶姉妹が来てくれたら行きたい

今告知されてるのはIKKOのディナーショーと夏井いつきの句会ライブ

 

基町アパート沿いの並木道、自転車用の通路が並木の幹で舗装が盛り上がって最初から最後までボコボコで、最悪です

なので大体の自転車は歩行者用の通路を通ってる

歩行者が自転車用の通路を通ってたらコイツちょっとやべーのか?と思うのに、自転車は逆のことをして許されるのか?

一応、自転車側もそんな自問自答を抱えてます

 

 

毎日通る橋、3か月くらい前までは退勤の時間帯にそこから見える夕日がめっちゃきれいだった

今もたまにきれいなんだけど、それよりも最近はなぜかその橋のアスファルトだけ毎日雨降ったの?と思うくらい濡れてて混乱する


夕日が格別にきれいだと、私が今日家を出て、職場に行き仕事をしたのは、帰り道にこれを見るためだった・・・という壮大な気持ちになるので、自然スゲーよ

でもあまりに綺麗すぎてたまに通行人が突然立ち止まって夕日の写真を撮り始めるので、橋上の往来のテンポが狂い危険

 

自分の住む町に帰ってきたら新幹線が見える

住んでる町や部屋から新幹線が走り抜けるのが見えて気分がいい理由、その気にさえなれば、いつでも遠くに行けることを思い出せるからだと思う

これは自分で思ったというよりも、どこかで見かけた言説かもしれないんだけど

 

暮らしている場所から世界のどこへでも接続している、旅は程遠い夢ではなく日常の延長にあるのだと思い直すと、それだけで軽やかな気持ちになりますね

香港いきてー

 

 

保育園に着いて子の様子を覗き見ると、私の知らないコミュニティを形成していて頼もしい

家族以外の他者との関わりの中で、子なりに相手と向き合い、考えて行動している姿を想像するとたまらなくかわいいよー

親離れ、子離れの歩みはすでに始まっているね

いまだに子の生命力?を信じられない節があって、どうにかなってしまいそうに不安になることも多いけど、こういう経験を一つずつ重ねていって大丈夫になっていくしかないのかもですね

 

0.5の男の感想


0.5の男 全話観終わってちゃんとわかったけど再生の話だったんだな
1話を見た時、引きこもりの中年息子と初老の両親の同居と聞いて湧き上がるイメージに対して拍子抜けするほどお気楽な空気が流れていて、親子の間に過干渉とも不干渉とも違うほどよい距離感を感じた

社会通念を超越した家族像に思えて新鮮だったけど、最終話では、家族全員が確かに苦しんだ時間があったのだという歴史がにじみ出ていた
家族同士で葛藤や衝突を経た先にあった距離感だったのだとわかった

 

息子本人に心配や不安を悟られないよう、踏み込みすぎない それでも人との関わりを、自分のことをあきらめてほしくなくて、娘家族との2.5世帯住宅へ住み替えることに希望を託した両親

急いで答えを出させない、急かさないことは尊重であり、相手への信頼の証左だなと思う
それでも親から子への関わりでそれを実践することは簡単では無いと知っている
きっとこの関係性に落ち着くまでに長い時間が必要だったはず
自分たちの人生に終わりが近づいてきた実感がある中で、息子のことを思い講じることのできた最後の手立てが2.5世帯だったのだろうな
住み替えを決定事項として雅治に伝えるメモを用意するとき、軽快な口調と裏腹に母は目をつぶって祈っていた
そのあたりの描写に切実さを感じた

 

家族の定義も色々だけれど、生活を共にする誰かに何かあったとき、やっぱり家族としてパートナーとしてケアを行う必要が出てくる

引きこもることそのことは罪ではない、とりあえず生きていればいい
実際本人が何をどう思っているか確かめようもない
けどもしも本人が救いを求めているならば、できることはしたいと思わずにはいられない
一つを間違えると、取り返しがつかなくなるかもしれない恐怖を抱きながら
そんなのは祈りにならざるを得ないよ
星の子と地続きの話なのかもしれない

 

やっぱ人と人が長い時間一緒に過ごすと、色々あるんだよね
アイドルグループ見てても思うことだし
付き合いの長い友人、恋人との関係性においても思うこと

 

最終話、結局雅治はもう一度がんばろうと思えた
アルバイトをはじめて、クッキーを焼いて、保育士という目標を見つけて、再生が始まっていた
観終えていい気分だった
一方で、これはやっぱり幸運なケースだったのだと思う

隣の家に住む玉ちゃんはこれからどうなるのか分からない
消防士になるために頑張って勉強するといって、
大好きだったゲームを禁じられ、自分の意志で進路を決めたようには見えなかった

 

なんか別にこの物語の中では努力とかは語られてないので話が逸れるけど

自分が自分として31年生きてきた上で、努力だけですべての問題が解決できると認めるわけにはいかないという気持ちがある
努力は人を裏切らないという言葉は無責任だと思う

というか努力そのものが人を裏切ったり、裏切らなかったりするわけではなく、努力にのっかる期待にそう思わされるんじゃないかと感じる
そもそも何らかの期待をせずには努力すること自体不可能だけど、裏切られたと感じてしまうほどに託しすぎることは危ういと思う

 

きっと雅治も両親もそれぞれに努力はしていたけど、雅治が頑張る気持ちになったのは、それだけではないものが大きく後押ししたと思う

玉ちゃんと玉ちゃんの両親は、好きなものを断ち切ってまでする努力そのものに賭けている感じがして、じゃあその努力が望む結果にならなかったとき、残るものがあればいいけど立ち直れなくなることがあるとしたら、悲しい

別に物語の中でそんなことは全然言われてないのだけど、なんかそういうことを考えてしまう

 

頑張ったことがうまくいかないことは、思っているよりもありふれているはず
運とか、タイミングとか、自分の力ではどうにもならないもののせいにするべきで、努力にだけうまくいかなかった原因を求めるのはあまりにもしんどい
そうしているうちに人は本当に再起不能になってしまうと思う

 

努力という行為に期待をしすぎない
なにかが少しだけ変わるためのきっかけになればいい
じゃあなにに期待して生きればいいのかっていうと、よくわかっていない
逆に自分の力ではどうにもならないことに期待するのも、実感を伴わなくて虚しいかもしれないし
その虚しさを埋めるために人は努力するのでしょうか


別に0.5の男はこんな努力とかの話はしてなかったのに、自分への言い聞かせになってしまった

結論は無し
ただ0.5の男がおもしろくて、観てよかったという記録
おもしろい、丁寧に作られたドラマを観ることが最近の喜びです